2019年3月

雑記

Web 開発の経験をもう少し増やしたいなという気持ちと、3Sセメスターはそもそも東銀座でまとまって働く時間があまり確保できそうになく、リモートで働きたいという気持ちから、新たにとある受託開発企業でお世話になり始めました。
東大生のアルバイトが多いです。
早速フロントをReactで書いたり、データベースを操作するAPIPHPで書いたりしています。このSQL操作にPropelとかいうのを使っているのですが(あとそもそものWebフレームワークとしてはSlimというのを使っているっぽい)、ドキュメントが本当に全然無くてつらい。
あとはフロントに関して言うと Material-UI というのでデザインを統一していて、これを使うとイケイケの画面を脳死で作れるので超便利です。

例えばデータ一覧を表示するならこの Table とか↓

もう Bootstrap とか不要な時代なのではないでしょうか。みなさんもWebサイトを作るときに参考にしてみてください。


プライベートでは最近はシャニマスばっかりやってます。
『マスカレード・ホテル』観た。とても良かった。一つの舞台の中でストーリーが完結するタイプの作品が結構好きです。
幼女戦記』観た。一対一の個人戦がとりわけ見どころだった。個人的なツボはセレブリャコーフの従順な部下っぷりですね。


ところで3月は久しぶりに小説を書きました。


10連休はフォロワーの方に勧められた黒部峡谷に行ってみようと思っています。

読書

孤独な散歩者の夢想 (岩波文庫)

孤独な散歩者の夢想 (岩波文庫)

かなり読みやすい。 自分自身と向き合うには「夢想」という形式を取るのがよいとルソーは考えているようで、現代のブログに通ずるものがある。

ウェルベックは、単一の人物にスポットを当てて、その孤独な生涯を描くのが上手い作家だと思っていた。なので、この作品の卓越した重層性には心底驚かされた。今まで読んだウェルベックの中で一番好き。

とても参考になっただけでなく、読み物としても面白かった。

有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論

有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論

例えば50億年前の地球にどのような生物がいたのかというのはどうして分かるのか。
科学者であれば、それは化石の中の炭素の放射性崩壊の比率で測定できると考えるだろう。すなわち、科学的な理論が新しく書き換えられる可能性はあるものの、いずれにせよ50億年前の地球で起こったことの事実性を認めるのだ。
一方で、哲学者であれば、それは「今現在の我々」にとっての祖先の認識でしかない、という相関主義の立場をとる。先行者の存在は先行者より後に存在する我々の後方投射の認識でしかないというわけだ。
ここに大きな乖離がある。つまり、科学が「コペルニクス的転回」と呼ばれる出来事によって、人類が世界の中心ではない、と脱中心化していくにつれ、哲学は逆に、世界は「我々にとっての」見方でしかない、という、いわば逆方向の中心化の立場を支持するようになったのだ。
この本は、そのように距離が離れていった科学と哲学を、再び引き合せようとするような、野心的な取り組みだ。著者の立場が過去の思想家とどのように異なるのかを丹念に説明している。
著者のメイヤスーなどがメンバーの「思弁的実在論」グループは今注目されているようなので、今後の書籍が楽しみだ。

久し振りに綿矢りさ読むかという気になって本屋で買った。


スペクタクルの社会 (ちくま学芸文庫)

スペクタクルの社会 (ちくま学芸文庫)

ウェルベックの小説の中で言及されていたので読んだ。全般的によく分からない本なのだが、訳者解説を読むと時代背景が分かってなるほどとなる。メディアが急速に発達していった時代において、我々があらゆる出来事の観客(傍観者)に堕することを戒めている感じがする。

濃霧の中の方向感覚

濃霧の中の方向感覚

エッセイ集なので色々テーマがあるのだけど、教育や社会に関しては『都市と野生の思考』で読んだのと似たような話が多い。政治テーマはあまり面白くない。鷲田清一自身の学生時代の話は結構面白いのが多い。

著者のことよく調べたら割とツイッターで見る kizawaman02 氏だったという... インターネットの暗部について書かれた本、というよりはオルタナ右翼の紹介の本だった。
ともかく、アメリカにとってのインターネットが反体制のカウンターカルチャーとしての側面を持っているのに対して、日本のインターネットがノンポリだというのは、確かにそうかもなあと思いました。

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