バイト先で耳に入った話。
Webデザインの授業の講師として生徒(高校生)と向き合っている方が、自分がこうやってデザインを教えることによって、もしかしたら生徒が、大学なんか通わなくてもWebデザイナーとしてやっていけるじゃん!と性急に結論づけてしまうのではないか、もしそうだとしたら自分はそれに非常に重い責任を感じてしまう、という趣旨の内容を同僚の方とされていた。

これはとても考えさせられることだと思った。確かにそういう行動に対して、我々が「頭が悪い」「偏差値が低い」というラベルを貼って認識することはとても簡単である。
しかし、人間誰しも、自己表現をしたい、そしてそれを生業にしたいという欲求を内に秘めているのではないだろうか。大体の人はそれを趣味として片付けると思うのだけど、そうではない人もいるのだ。今風の表現をすると、ワークライフバランスではなくワークアズライフを取る、とも言い換えられる。例えば私の父親はずっとフリーランスでデザイナーをやっているけど、そんな感じで親戚にその生き方に近い人がいれば、このことはより身近に実感できるだろう。

自己表現を仕事にすることが、なんとなく大学でサークルに入って仲間うちで適当にワイワイ4年間過ごすことよりも大切だという判断を、高校生のうちにしている人に対して、いや一応大学くらい出た方がいいんじゃない?とアドバイスするのは、一体何を根拠にしてできるのだろうか。
もちろん、大学に通うことにも何らかの意義を感じている人は、大学にも通いつつ自己表現を極めるという選択肢をすんなり受け入れるかもしれない(大学に通っている/いた声優の回顧を聞くと、それが役作りにもプラスの影響を与えるのではないかと考えていたという話をよく耳にする)。
一方で、大学に通うというような「回りくどいこと」をせずに、好きなことを一刻も早く仕事にしたい、という気持ちを持っている場合も多いだろう。そういう生徒に対して、その講師の方が危惧されていたのは、好きだと思っていたデザインで仮に挫折や嫌なことがあった時に、その生徒はくすぶってしまうのではないか、過去を後悔してしまうのではないか、ということであった。

どんな分野であれ、一つの得意なこと・好きなことで人生をやっていくというのはカッコいいことのように見えるが、相応のツケが回る可能性もある。それを高校生のうちに100%理解させるのは不可能なことだろう。そして最終的な判断をするべきなのは本人である。