ハンドルネームの奥深さについて

これは特にポエムや強い主張の類ではなく, 特にオチのない正真正銘のひとりごとです



ハンドルネームというのは, 本名とは異なる文字列であるにもかかわらず, 本名に近い性格を持っている. 例えば付き合いの長い幾人かの高校同期のことを想像したとき, その人の顔とハンドルネームは分かち難く結びついている. インターネットでの生息歴が長い人間にとって, ハンドルネームは第二の氏名だ.
しかしながら, よくよく考えると, 本名は気がついたら自分に備わっていたもの(まさに自分の命と同じで, 回避できない!)に対し, ハンドルネームというのは自分が自分で考えてつける名前だ. その点を踏まえると本質的に異なるものなのかもしれない. 僕は自分の下の名前がDQNネームみたいでずっと嫌いだから, ハンドルネームのそういう性質は結構重要視している.
それに加え, 氏名が氏名としての固有性を持っているのに対して, ハンドルネームというのは流動性の高いものである.
私は HelloRusk というハンドルネームで生きることにもうすっかり慣れている. 最近, TyporaというMarkdownエディタのテーマを作って, IT系まとめサイト(?)に取り上げられた際, 『OnigiriはHelloRuskさんが作ったTypora用テーマで』などと書かれてあったのも, そんなに違和感を覚えなかった.
しかし HelloRusk というハンドルネームの使用歴は3年程度で, 私のインターネット歴の中では比較的新しい. 従来私は, 学校の狭いコミュニティの中で伝統的なハンドルネームを持っていた. HelloRusk というのは, それとは別に, 私が趣味垢という裏垢女子みたいな活動をしていた頃に使い出したもので, 由来としては「らすく」という語感がいいからなんとなく使っていた言葉に, 当時ハロー!!きんいろモザイクが放送されていて裏垢ではその話ばかりしていたので「ハロー」を接頭辞として足したハンドルネームである.
趣味垢で知り合った人達とは今はほとんど消息不明だけれども, 学校というバックグラウンドにとらわれずに純粋に趣味の話をして, たまにオフ会をしたりするのは, それこそ青春と述べてもよいほど楽しかったし, その頃から声優イベントに行っていた人に知り合った影響で, 今の自分もその側になったという経歴がある. 何より, そういうSNSの使い方を学校という空間の中でコソコソやっているのが楽しかった. それはもう日常の中で隠れたスリルを味わっていて, 麻薬のようなものだった. 皆さんが中高生活に郷愁を覚えるのと同様, 私も趣味垢に郷愁を覚えるのである.
大分自分語りが長くなったけれど, 要は HelloRusk というのは元々は裏の自分としての名前だったのである. だからこそ, HelloRusk というハンドルネームが3年でここまでプレゼンスが高まったことに感動したりもする.
私に限らず, 長らくインターネットをやっている人でも, 最近ハンドルネームを変えた人を結構見かける. そんな, 流動性の高い, しかしながらその人の何かを表明しているハンドルネームについて考えることは, とても楽しい.