2018年9月 第1週

食事

金曜昼: ポテトL150円.

日曜昼: 日高屋で焼き鳥丼とハイボール.

日曜は Haskell を午前5時まで読んでいて目が覚めてからも読んでいたので, 昼食の機会を逸したまま上坂さんのリリースイベントに参加した. リリイベはやはり実家のような安心感. チチキトク スグカエレの歌唱がすごくて今年の中でも有数だった. 来年のツアーライブに期待. あとはオタクに壇上に上がらせて推しの数を言わせるコーナーが面白かった.
リリースイベントが終わったら17:30くらいで, 小腹が空いていたので日高屋に来てしまった. 焼き鳥丼とハイボールの組み合わせ, これでも520円なのですごい. 学食で500円払うより良いんじゃないかと思う. イベント終了直後一人で考え事をしている時間は, 人生で最も楽しい時間の一つでありながら, 人生で最も孤独を感じる時間という矛盾を孕んでいる. そういう時にサクッと酒飲める年齢になれて良かった. ハイボールはフラフラにはならないけど酔いを感じる丁度良いラインで, 自分に合っている.
昼から酒を飲むのは流石にあまり体に良くなさそうだから程々にしたいけど, 週1回くらいならいいんじゃないかと思っている.

Haskell

型コンストラクタとデータコンストラクタが紛らわしい. 自分のために整理する.

Prelude> data A = B
Prelude> data C d = E { f :: d, g :: A }
Prelude> data H = I A (C A)

Prelude> :k A
A :: *
Prelude> :t B
B :: A
Prelude> :k C
C :: * -> *
Prelude> :t E
E :: d -> A -> C d
Prelude> :t f
f :: C d -> d
Prelude> :t g
g :: C d -> A
Prelude> :k H
H :: *
Prelude> :t I
I :: A -> C A -> H


  • Aは型コンストラクタ名. この場合, A単体が型となる.
  • Bはデータコンストラクタ名. この場合, Bはフィールドをとらず, 単体でA型になる.
  • Cは型コンストラクタ名. この場合, 型変数dをとり, C dが一つの型となる.
  • Eはデータコンストラクタ名. この場合, fという名前のd型のフィールドと, gという名前のA型のフィールドをとって, 全体でC d型になる.
  • fC d型をとってd型を返す式になっている.
  • gC d型をとってA型を返す式になっている.
  • Hは型コンストラクタ名. この場合, H単体が型となる.
  • Iはデータコンストラクタ名. この場合, A型のフィールドと, C A型のフィールドをとって, 全体でH型になる.


最近読んだものとして, このモナドの説明が分かりやすかった.

理経路を一本化する(= 副作用を起こさない), というところに哲学があるらしい.


週末はGHC.Listを読み, 久し振りにQiitaに記事を書いている(まだ書きかけ)(9/7追記: 書き終えました).

こうやって内部処理がどうなっているのかを見ていくの, 人体解剖みたいで面白くないですか? まあモチベーションがある時にしかやらないことなんですが.
!! の実装などは, Haskell の遅延性の良いところが出てると思います.
週末はこれにずっとかかずらっていたので, 上坂さんのリリースイベントに行く以外は非常に無味乾燥とした週末だった. 来週は伊香保温泉街に行きます.

RISK + RISK = CRASH

ツイッターで見つけたやつ. 面白い.
問題を解くよりも, アルファベットを2つ共通させて意味の連関のある2つの英単語を思いつく方がよっぽど難しい感じが...

『高学歴×多留年』を迎え入れる文化

ナナシス制作会社でもある株式会社Donutsの採用情報ページが面白い.

夢日記

月曜夜(火曜朝), 久しぶりに面白い夢を見たのでメモ.

夢の中で僕は学校に通っていた. その時代, 人間と見分けの付かないアンドロイドが世の中に徐々に浸透していて, 僕のクラスにも一人アンドロイドがいた. でも, クラスでは多分あんまり良い扱いを受けていなかった. いじめられていたのか, あるいは世間的にアンドロイドの魔女狩りみたいなのが行われていたのか... ちなみに夢の中でアンドロイドが出てきたのは最近長門有希のことをよく考えているからだと思う.
とにかく, 僕はそのアンドロイドと個人的に仲良くなっていくんだけど, 初めは無機質だったアンドロイドがいつのまにか人間らしい感情豊かな様子を見せるようになる. そのとき, 僕はなぜか心にチクリと刺さるような悲しみを覚える.
クラスの大縄飛びの練習に一緒に参加しながら, アンドロイドは僕にどうして悲しそうにしているのか尋ねる. 僕は以下のようなニュアンスの内容を答える.
「僕には好きな声優がいるんだけど(なぜ声優の話をし出したかは覚えていない), その人がデビュー当初に持っていた新人特有の初々しさ(弱さを見せてしまうところ)みたいなものが, 経験を積むに連れて段々と消え, 代わりに確固たる自信というか余裕というか自分の個性というか, そういう何かをはっきりと確立させてしまったときに, 寂しさを感じたんだ. 君が人間らしくなってしまうのが悲しいのもそれと同じ」

みたいなところで夢がさめた.
この夢を見る前の月曜は, 前日に酒を飲みすぎた反省(?)で, コンピュータの本や数学の本やMastodonソースコードなどを合計9時間くらい延々と読んでいて, 頭を色々使っている日は不思議な夢を見る気がした.

そういえばそろそろファンレター書きたいですね.

読書

たいへん読みやすくてよかった. 情報系の人間も確率分布とか扱うので測度論をやらないといけないし数学と向き合わないといけないんだなぁ〜.

合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究

合理的な愚か者―経済学=倫理学的探究

字面を追うだけだとよく分からない部分が多々あったが(特に前半部), 功利主義的経済学の限界を超克するための様々な提案や, 従来の理論に対する反駁を色々堪能することができておもしろかった.

センの「基本的潜在能力」という言葉はセンター試験の倫政で聞いたことがあったが, それがどういう背景で登場したものなのか分かって良かった.
例えば, 重大な病気を抱えているにもかかわらず, 陽気な性格であったり, 信仰心に満ちていたりして, 人生に喜びを感じている人を例にとってみよう. 従来の経済学の枠組みだと, このような人を他の人よりも多く支援することは「平等」に反するという帰結になってしまっていた. 理論的限界があったわけである.
センは「基本的潜在能力」を提案する以前から経済学にコミットメント(おせっかい)にもとづく振る舞いを認めてみる, という思考実験を行うなど, 経済学と倫理学の接近に精力的に取り組んでいたが, その結実が, 個人の善き生を「基本的潜在能力(身体を動かして移動する能力、栄養を補給する能力など)」で把握するというものだった. センはこれを, ロールズの「基本財」の考え方から物神崇拝を取り除いて発展させたもの, とみなしているようである.
もっとも, この基本的潜在能力をどのように指標化するのか, とか, そもそも何を基本的潜在能力に入れるかは各文化に相当依存しているのではないか, などの難点をセン自身も認めているのだが.

自分語りになってしまうが, 自分は中学受験や大学受験を経てこうやって恵まれた環境で学問をしているわけだが, 生きることが楽しくないと思うことは幼少期から常にあり, 何も知らずに生きていく方が幸せなんじゃないか, と度々思ってきた.
一方で, そのように「知らぬが仏」を貫き通した結果, とても幸せに暮らしているけど学も金も身に付かずにいるような人間がいるとして, 自分は, そして社会はそのような人達にどうやって向き合うのか, というのもしばしば思うことであった. その人達はある意味では「善き生」を送っているのだから自分よりも凄いのだと思うけど, それは自分の恵まれた生活環境を当たり前に受け入れていることによる傲慢さの裏返しでもある.
まあ, そういう問題意識めいたモヤモヤを昔から抱えていたので, この本はよい読書経験になった.

音楽

初めてガールズ!

初めてガールズ!

  • Ray
  • アニメ
  • ¥250

名曲.

FUNBARE☆RUNNER

FUNBARE☆RUNNER

幕張メッセ1日目チケット確保しました.

アニメ

  • ゆらぎ荘 #6, #7

仲居ちとせさん...😇 酔っている時に見るとちょうどいいアニメ.

アー. 一番好きな回です.

乱雑さを好むということ

自己主張が苦手なこと, 将来何かを成し遂げたいという意志が特にないこと, いわゆるステレオタイプ的な考え方が好きでないこと, 「これが好きなんだ」と言い張れるものがあまりないこと .... これらは全て, 自分が乱雑さを好む人間であるから, と大まかに言えるのではないかと考えた.
乱雑なものを乱雑なまま見ていたい. 自分の価値判断でそれを着色するのが嫌なのである.

昔から, 世の中の無数の人々が各々に抱く思いを知るのが好きだった.
その起源は小学生の頃に匿名掲示板を眺めていた頃に遡るが, 今で言えば, 皆さんのブログを読むことや, 声優という自分とは全く別のバックグラウンドを持つ人々や, それに惹かれるオタクという自分と割と近しい立場の人々などが主だろうか... 最近は自分のツイッターのFFも多様になってきており, 今まで気にかけてこなかったような世界で生きる人の存在に出会うようになり, 興味深い.
とにかく有名人か否かを問わず, あらゆる言論を見るのが好きだ. そして, それらの考え方に「自分はそう思う」とか「この人は自分とは関係ないからどうでもいい」とか, 自分の価値判断を付けるのを極力差し控えて, とにかくコレクションとして蒐集していきたい. そういう心持ちがある.

(最近なるほどと思ったツイート)


自分の乱雑さへ趣向は「人の考えを知る」というインプットだけでなく, アウトプットでもそうだ. 僕のウェブサイト https://hellorusk.net/ にはそれが端的に表明されていて, このサイトのリンク集は乱雑なまま放置されている. 最初これを作った時は「真面目系リンク」「不真面目系リンク」(?)みたいなカテゴライズをしていた気がするのだが, 最終的にこの形式が一番腑に落ちたのだ.
また, 最近この「20XX年 Y月 第Z週」という形式で日記をつけるようになったのも,(元のアイデアとなったブログはあるのだが, )乱雑なまま生きていきたいという自意識の現れである. 知り合いの中には人に読まれることをきちんと意識して日記を書いている人もいて, そういう才能は正直羨ましいと思わなくもないが, 自分には合わないだろうと思っている.

そういう意味では, 乱雑さを好む自分は「何かの夢を目指して生きる」というような物語的人生とは対極を志向しているのだろう. 物語というのは乱雑さと正反対だと言えるからだ.
無論これは「思考」ではなく「志向」である. 「何者にもなりたくないんだ!」と意識して努めているのではなくて, 生きているといつの間にかそうなってしまうのだ. 物語的人生を送りたいと述べる人を否定しているわけではない(そもそも他人の生き方に価値判断を付けるのはどうかと思う).

強いて言えば, 自分の夢は「夢を見ずに生きる自分を肯定し続けること」になるだろう.