ハローラスク

absent-minded

自分はオタクとして二流、三流なのだろうな、ということがわかってきた

オタクとして消費者として一流でありたい、という話 - ゅぃゅぃ日記

という記事を大分前に読んだのだけれど, この記事に書かれている「一流のオタク」には自分はなれないのだろう, ということを最近改めて考えさせられている.

リズと青い鳥』という映画を2回ほど見た. この映画はかなり好きなのだが, 最初はそれは自分も中高で吹奏楽をやっていたからだろうと思っていた. しかし, どうも主因は別のところにあるような気がしてきた. 映画の中で描かれるみぞれの発言に自分が深く共感しているのだ.

みぞれにとって希美は唯一無二の存在だ. 元々帰宅部だったみぞれに声をかけて吹奏楽部に入れたのが希美であり, みぞれが見ている景色は言わば希美なしには成立しない世界である. 進路を決める際も『希美が音大行きたいなら私もそこにする』と言い, 優子にあなたはそれでいいの?と言われたら『希美のやりたいことが私のやりたいこと』というようなことまで言ってのけている.
みぞれの中では, 世界はみぞれと希美だけで完結していて, コンクールなんてどうでもいいというわけだ. まあ, 最終的には映画はそれとちょっと違う結末を迎えたわけだが, 今回の本筋には影響しない話なので省く.

で, そういうみぞれのあり方と, 自分の好きな声優に対するあり方が僅かに似ているような気がしている. 別に単推しだということを言っているのではない. 冒頭のブログ記事の中で紹介されているような, 「コンテンツに貢献しよう」という意気込みを自分は全然持っていなくて, ただただ自分が好きな声優を見ていられればいい, というようなある種の独占欲しか持ち合わせていない, ということである.

(名前は伏せるが)高校同期の中にはTwitterで好きな声優に関するツイートを延々としている人がいて, (本人にそういう自覚は無いだろうけど)それは実はめちゃくちゃすごいことなのだろうなと思う. 自分も多少は声優に関するツイートをしている方だが, 最近はそういう気力も湧かなくなってきてしまった. 日常的にやっているのは, 鍵アカウントで声優の情報を追ったり, (世間に見られていないことが前提でやっている)このブログに自己満足の感想文を書いたりすることくらいだ.
あとは, イベントでフラワースタンドを出している人達が世間には沢山いるが, 自分がそれに参加しようという気持ちにあまりならないのも同根な気がする. 推し被りが嫌だとかいうわけでは全くなくて, ただ, 映画の中でのみぞれと同様, 自分が好きな声優を見ていられればそれだけでよく(相手からの認知さえ求めていない), 世界が自分と好きな声優との間だけで完結してしまっているのだ.

(とはいえ, いざこうやって文字に起こすと普通に気持ち悪い内容だな...)




そんなことをふと考えたりもしながら, さっきまで声優にお手紙を書いていました.